Fargo

テレビでやっていたのを見た。1996年のコーエン兄弟監督作品。今日は90度を超える暑い日で、そういう日に冬のミネソタを舞台にした映画を見るのは、いとあはれなり。

借金で首の回らない自動車セールスマンが、前科のある二人組を雇って、自分の妻を誘拐させる。報酬は80000ドルと新車一台。身の代金を払うのは裕福な妻の実家で、身の代金の額を1000000ドルにつり上げて、差額は自分の借金返済と新規事業の立ち上げ資金にあてようというご都合主義的なシナリオがいきなり狂ってしまう。身代金の受け渡しが完了した時点で妻を解放する段取りなので、誰も傷つかないはずだったが、誘拐犯たちがセールスマンの妻を誘拐してアジトに運ぶ途中で、車が警察に止められる。これ自体はたんにライセンス・プレートを付けてなかったことによるものだが、都合が悪かったのは、後部座席に縛りつけたセールスマンの妻を乗せていることだった。成り行き的に、警官を銃撃して殺す。そして死んだ警官の体を始末しているところに、別の車がやってきて見られてしまう。しかたなく、この車を追跡して、乗っていた二人を狙撃する。

早朝、事件の連絡を受けた地元警察の女性刑事は事件現場に向かう。犯人は二人組で、犯人たちの車は未登録の車で、ディーラーの管理下にあるはずの車だということを即座につかんだ刑事は、ミネアポリスへ行き、計画を立てたセールスマンに聞き取りを行う。一方では、身代金の受け渡しの準備が進められていく。金の準備ができてセールスマンの妻の父親が現金を持って約束の駐車場に行くが、言い争いから撃ち合いになり、殺される。これが、誰も死なないはずの計画が引き起こした4人目の被害者である。身の代金を受け取った犯人は顔に傷を負いながら、駐車場の係員も殺して(5人目)、なんとかアジトまで辿り着く。そして、相棒と報酬を山分けしておしまいのはずだったが、アジトで待っていた相棒は人質の妻を殺していた(6人目)。現金は山分けできたが、車をどちらが取るかで言い争いを起こす。妻を殺した相棒は斧を振りかざして、身代金を運んできたばかりの男を殺す。ちょうど、例の女性刑事がアジトの場所を探り当てて追いかけてきたいた。パトカーを降りて、アジトとしている家の裏に近づくと、相棒がたったいま殺した死体を木材の切断機にかけている。刑事に気付いた相棒は雪の中を逃げるが、刑事に足を撃たれる。

筋書きだけをたどれば、「ファーゴ」は50年代に流行ったフィルム・ノワールの形式を踏襲した作品だが、制作・監督・脚本のコーエン兄弟のひねりが利いている。ふつう、フィルム・ノワールで起きる殺人は大都会だったが、「ファーゴ」で起こる殺人は田舎である。しかも真っ白の雪の中で。フィルム・ノワールでは、都会のすき間を付くような場面を用意してそこで事件が起きたが、「ファーゴ」は何もない雪の積もる高速道路とかだ。それにフィルム・ノワールの主人公たちは、人間的に屈折していて社会に対する独特の毒みたいなものでもって犯罪を実行したものだが、「ファーゴ」のセールスマンにしろ、雇われ誘拐犯にしろ、そういうものがない。その場しのぎ、成り行きが彼らの行動を決定する。

さらに、「ファーゴ」はフィルム・ノワールにはなかった、どこか間の抜けたようなシーンを幾つも差し挟んでいる。「間の抜けた」と言うのは、本来のフィルム・ノワールが息をもつかせぬ展開で観客をラストまで一気に引っ張っていくことを狙ったのに対して、「ファーゴ」では、悪く言えば緊迫感を殺いで集中力をそがすような、よく言えば「ちょっと一服」のような、話の展開とは直接関係ないシーンが挿入されている。たとえば、この女性刑事がセールスマンを調べるために、ミネアポリスミネソタ州で最大の都市)へ出張に行く。ホテルの部屋からフロントへ電話をかけて、美味しいレストランを訊ねる。まるでお上りさんのようだ。ミネアポリスでは、高校の同級生の男と会うのだが、この男が変な色気を示す。美味しいレストランも高校の同級生も、偽装誘拐とは関係ない。そもそもこの警官が身重の女性だという設定自体が、これまでの犯罪映画の伝統からすると不自然だ。それから彼女はいつもジャンクフードをおいしそうに食べている。以上のシーンから分かるのは、この女性刑事は、正義漢のかたまりのような伝統的刑事像とはズレている。ほかには、誘拐犯人が駐車場のたった4ドルの駐車料金をけちるというシーンもあった。こういうのはおかしくて笑えてしまう。

他にも見どころはある。ミネソタ英語がたっぷり聞ける("I bet" "You betcha" "Gees" "Yaaah") 。個人的なことでは、犯罪に使われた車がぼくの乗っている車とおなじモデルだ。それにビュフェのチャイニーズ料理店とか、車のフロントガラスに付いた氷をかきとるシーンは、ぼくの今の生活そのものだ。最後に、ファーゴという町はミネソタではなく、西のノース・ダコタ州にある。映画はミネアポリスでのシーンが半分くらいで、ファーゴのシーンは冒頭だけだったように思う。最初の殺人で三人が死んだ場所はBrainerdといって、Paul Bunyanという伝説上の人物の発祥地らしい。ポール・バンヤンの巨大な人形が二回ぐらい現れる。誘拐犯のアジトがあったのもブレイナード近郊だったように思う。セリフを全部理解できるわけではないので、間違っているかもしれない。逃亡したセールスマンが捕まったのは、ノースダコタビスマルクという町。映画に出てくる町を地図で追っていくだけでも、なんというかその地を旅行しているような気分になった。


初出 エキサイト 7/8/2007 Sun
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