普通の目でアメリカを見てみよう(Keller & NYT, Class Matters)

日本人にとってアメリカのイメージといえば、貧富の差が激しくて、金持ちは貧乏人を徹底的に搾取するし、外交的には自国の利益しか考えず、とくに日本に対しては高圧的ということになっていて、そう信じている人が、政治家や研究者にもかなりいる。そういう人は、TPPはアメリカの陰謀だから交渉参加してはいけない、と真顔で論じる(ので、私としてはびっくりする)。本屋に行ってアメリカ関係の本をみても、そのような、血も涙もないアメリカという切り口の本が多すぎる(ことにもびっくりする)。

たしかに、階級格差や陰謀論で単純化するのは簡単でわかりやすいし、そういう方が本が売れるのだろう。でも、そういうステレオタイプから離れて、アメリカを知りたいという人にはこの本がお薦め。Class Mattersは、2004年にニューヨークタイムズ紙に連載された記事をまとめた本。短すぎるタイトルが言うとおり、階級(class)というのは厳然と存在していて、それが社会を決定する主要因だと論じている本。

社会に階級があるのは当たり前じゃないかと思われる方もいるだろうが、実はこの階級という問題は、アメリカではすこし特殊に捉えられてきた。アメリカ建国がヨーロッパの特権階級を廃止することが一つの目的だったこともあり、アメリカ人は、貧富の差はあってもヨーロッパ的な意味での階級は存在しないので、貧しい家に生まれても努力すれば金持ちになれるというsocial mobilityを信じてきた。

Class Mattersは、個人への取材を通じて、このsocial mobilityがどこまで真実で、どこまでが虚構かを教えてくれる。裕福な人から、そうでない人までいろいろな階級のアメリカ人がでてきて、それぞれに「階級」を考える様子がよく描かれている。全14章を14人のライターが書いている。新聞連載された文なので、平易な英語で書かれている。

普通、階級を論じる本は、特に社会学系の本は、マクロ的な視点で考察するので、階級がどう形成されて、どう個人に影響を与えるかに焦点が置かれる。しかし、この本はどのストーリーも、自分の属する階級とどう折り合いをつけて生きていくのかという個人の視点で階級が語られているので、社会学の知識や発想に慣れていない人にも読みやすい。

一番最後に、短いながら各ライターが、初めて「階級」の存在を知ったのはいつだったかについて書いているのが面白い。私の場合は、和歌山のど田舎から東京都新宿区へ引っ越した小学校三年生の時。クラスの友達の友達に、ものすごい金持ちがいて(父親は有力政治家の弟だと聞いた)、門から玄関まで25メートルぐらい歩かなければならず、プールがあって、その子にはフローリング(というものをそれまで見たことがなかった)の個室があって、若くて綺麗な服を着たお手伝いさん(お手伝いさんは和歌山の友達の家にもいたけど、普通の服を着たおばさんだった)がお菓子を運んできたくれたのをはっきり覚えている。それから、転校して入ったクラスで、貧乏だという理由(実際のところは知らない)でいじめられていた男子と女子が一人ずついた。生まれた和歌山の町でも、いじめはあったけど、そういういじめ方はしなかった。たぶん、みんな階級的にはにたりよったりだったからだと思う。

なお、この本、経済学部で開講されるアメリカ社会論の授業で使うことにした。アメリカ社会論の授業は、人種関係を軸に授業を構成することが多いのだが、受講者のほとんどは日本人なので人種の概念はピンと来にくいだろうと思い、階級を軸にしていて、かつ社会学専攻でもアメリカ研究専攻でもない学生が読めるような内容ということで選んだ。

アメリカをなるべく冷静に見てみたい人には、ほんとうにお薦め。英語もわかりやすいし。

(注:一般に、階級は収入、教育、職業、資産の4つの組み合わせで決定される。)