Songcatcher

アメリカ山間部に伝わるアングロサクソン民謡の収集に人生をかけた音楽研究者が主人公の映画。ノース・キャロライナの大学で教授昇進の道を不当に閉ざされた女性研究者リリーが、アパラチア山脈の学校で働く妹のところに転がり込む。リリーは、その土地の人が歌う民謡(フォークソング)が時代のによる変容を伴わない形で今に伝わっていることを発見する。民謡は世代から世代へ口承で伝わるので、メロディや歌詞が変わってしまうことがしばしばで、リリーが山間地で聴いた民謡は、先祖がアメリカに来る前にイギリスで歌われていた形とさして違わないものと確信した。そして山奥にまで録音機材を持ち込んで、録音と採譜を始める。

いつの時代かは映画の中でははっきり示されていなかったように思うが、機材の大きさや、蓄音機が一般家庭に普及しはじめるというリリーの台詞が映画の最後であるのことから考えると、1910年くらいの時代設定だと思う。大手レコード会社がフォークソングを収集・録音して78回転のレコードとして売り出すのが1920年以降だったから、それよりはあきらかに早い時代の話だ。

ストーリーは、民謡蒐集よりは、町からやってきたリリーと山の人たちとの交流を軸に進んでいく。途中で、妹がレズビアンであることを知ってしまったり、石炭採掘会社の営業マンがやってきたりしながらも、リリーは自分の仕事に打ち込む。蒐集した音楽は出版するつもりでいたが、不幸にも火事で音源や譜面のほとんどすべてを失ってしまう。それでもめげないリリーは、恋におちた山男に、町に行ってビジネスをやろうと提案する。男が古う民謡を歌い録音して町の人に売ろうという計画だ。山を離れて町に移り住む旅の途中で、リリーの代わりに教授に採用された男の研究者と出くわす。教授は、リリーの助手になるつもりでやって来たのだと言うが、リリーは火事で全部焼けてしまったことを話して、山を下りる。

みどころはやはりフォークソングの演奏だろう。ソロ歌唱もたっぷり聴けるし、ダンスパーティーでアンサンブルを奏でるシーンは感動ものかもしれない。

もうひとつの見どころは、主人公のリリーと最後に登場する教授は、実在の人物を彷彿させる点だ。まずリリーのモデルは、まちがいなくオリーブ・ダム・キャンベル(Olive Dame Campbell)だろう。1908年12月、キャンベルはケンタッキー州のハインドマン学校(Hindman Settlement School)を訪ねたときに聴いた子どもたちが歌う民謡に触発され、民謡の蒐集を始めた。1910年までに、キャンベルはケンタッキーだけでなく、ジョージアテネシーまで蒐集の範囲を広げた。キャンベルは民謡蒐集の先駆者で、彼女の後を追って何人もの研究者が山に入り、民謡を蒐集して出版するようになる。

最後に登場する教授のモデルはセシル・シャープ(Cecil Sharp)という英国出身の民俗学者だ。映画では、リリーが内部昇格するはずだった教授ポストに、この山を登って来た教授が就くが、事実は、キャンベルが1916年にシャープをアメリカに呼び寄せて、シャープはノースキャロライナ西部で民謡を蒐集した。その成果として、English Folk Songs From The Southern Appalachiansという本をキャンベルとシャープの共著として1917年に出版した。

映画の冒頭でBarbara Allenという民謡が使われる。とても有名なフォークソングで、たくさんの歌手がカバーしているが、自分のiTunesを調べると、たった一つだけボブ・ディランが歌ったのがあった。1962年グリニッジヴィレッジのガスライトでのライブ演奏だ。

これは借りたDVDだったのでさっと一回みただけで、演奏シーンの詳しいことは覚えていない。日本語字幕があったので日本で公開されたのだろう。邦題が「歌追い人」になっているがセンス悪い。そのまま「ソングチャッチャー」のほうがずっといい。民謡を取り上げた映画は数が少なく貴重なので、個人的にはコレクションとして持っておきたい映画だ。