The "UP" Series: 普通の人の普通の人生

生まれや育ちはどの程度その人の人生を決定するのか? そしてその人は自分の出自や自分の人生をどう考えているのか。この問いかけに挑んだ面白いDVDを見つけた。1964年にイギリスの Granada Television というテレビ局が "Seven Up!"という番組を放映した。社会的バックグラウンドの異なる7歳の子ども14人にインタビューして、その子どもたちの社会観、友達関係、異性観、将来観などを探ってみようという企画である。1964年にこの"Seven Up!"が放送されたので、子どもたちが生まれたのは1956年か57年くらいか。そして、最初からそういう意図だったと思われるが、ディレクターのMichael Aptedは、7年ごとにこの14人に会い、同じようにインタヴューして、その後の人生を追跡調査している。それが現在、49歳編まである。14歳編のタイトルは "7 Plus Seven"(1970)となっていて、あとは、"21Up"(1977)、 "28Up"(1984)、 "35Up"(1991)、 "42Up"(1998)、 そして最新編は"49Up"(2006)である。

まるでヒッチコックの映画でも始まるのかという感じのサスペンス調のテーマ曲が流れたあと、シリーズのキャッチコピーとして使われている"Give me the child until he is seven and I will give you the man"(イエズス会の格言)がナレーションとして流れて本編へ入っていく。この格言がいみじくも示唆するように、「アップ」シリーズは、生まれ育った環境が一生を決める主要因であるという視点で編集されている。では、どの程度か、そして本人たちはこの運命をどう考えているのか。自分とは違う階級に生まれ育った人をどう見ているのか。また階級がモノを言う社会をどう考えるのか。わずか7歳でも、そこら辺の思想がすでに芽生え始めていることには驚かされる。たとえば、裕福な家庭の子どもは、親からの刷り込みではあるにせよ、7歳の段階でもうすでに、月に行きたいとか、将来はケンブリッジかオックスフォードに入学したいと言い、ファイナンシャル・タイムズ紙やオブザーバー紙の見出しを読んでいると豪語する(ほんとか?)。ある子どもは、将来の夢として、アフリカの遅れた人たち("un-civilised people")を教育して、すこしでも賢くしてあげたい ("more or less good")と言う。

このように将来設計を具体的に語れるのは、この子たちが特別聡明なのでなく、親がそういうことを幼い頃から仕込むからだ。この番組には、子どもたちの親は一切出てこないし、親の職業や経歴も語られないが、子どもたちの発言を聞いていると、親が何を子どもに語っているかが透けるように分かる。

一方、労働者階級のこどもは、そういう将来設計に関する質問にははっきり答えられない。

親と並んで、子どもの人生を決定するもう一つの大きな要素は学校選択だ。やはり上流階級のこどもは小学校から私立に入れられて、質の高い教育を受けている。ぼくはイギリスの学校制度がよくわからないが、公立の中学校でもどうやらレベル分けがあるみたいで、頭のいい子はgrammar schoolと呼ばれる学校に行くみたいだ。

この番組はいろいろな見方が可能だ。上に書いたような社会学的観点から見ても面白いし、学校での撮影も多いのでイギリスの教育現場をかいま見ることもできる。たとえば、7歳編では私立小学校でこどもがラテン語の格変化の暗唱をさせられている。28歳編(1984年放映)では、14人のうちの一人が教える公立中学校でコンピューターを使って数学の授業が行われている。あるいは、もっと単純に、この子たちの成長と変化を見ているだけでも十分引き込まれる、たとえば、21歳編ではかなり性格の擦れた感じで将来を虚無的に見ていた上流階級出身の女の子が、28歳編では、結婚を機に二人の子どもを持ち、家庭を切り盛りして大張り切りしている。大学進学に失敗して、世捨て人になった男性も出てくる。一方で、順調にキャリアを積み重ねている人も出てくる。ぼくは28歳編まで見た。14人一人一人のプロフィールを書いてもいいが、それはまた今度。残りの35歳編、42歳編、49歳編を見てからにしよう。

生まれた階級や家庭環境がその後の人生と因果関係があるという、最初に結論ありきの番組ではないかと批判する向きはあるだろう。しかし、このシリーズが面白いのは、そういう社会的成功が本人の努力以外に起因することを再確認する、あるいは再確認しなければいけないという点にあるのではないし、はたまた、階級社会を批判したり、現状追認を強いるための番組でもない。このシリーズの真の面白さは、14人の成長を通して、一方でイギリスの階級社会の強固さを見ながら、もう一方で、社会的現実や社会学的理論とは離れた部分で、個人としてどう生きていくのかを見れることだ。一昔前、C.W. Millsが、構造主義に陥った社会学に代わるものとして、historyとbiographyの狭間に立って社会を観察することを提唱したが、これと似て、UP シリーズは、我々をsociologyとbiographyの狭間にいざない、イギリス社会を、そして14人の個人を同時に見つめる視点を提供する。親が裕福であろうとなかろうと、みんなそれぞれいろいろ考えながら歳を重ねていくのだという当たり前のことを当たり前として、奇をてらうことなく、この番組は我々に示す。その実直さが、とても心地よく感じる。

初出エキサイト 3/5/2007 Mon http://takebay1.exblog.jp/5199865/