「思考の整理学」

コンピューター、ネットの時代だからこそ、こういう古典は価値を持つ。「思考の整理学」は英文学者の外山滋比古が1986年に書いた研究のノウハウ書だ。外山個人の経験から導かれた思考法、発想法を分かりやすく解説している。研究者でなくても十分読めるし、参考にできる箇所も多いだろう。ネットが第二の自然になっている現在だが、だからといって人間の頭脳が進化したわけではなく、人間は依然として昔のままである。物忘れはするし、むらっけは起きるし、仕事がはかどらないときもある。だからこそ、ネット、コンピューターがなかった時代に書かれたこの本をよむと、けっして目から鱗のアドバイスが詰まっているわけではないが、当たり前のことを今一度確認することができる。とても新鮮な感じがになれる。この効用は大きい。

個人的に納得したこと、あるいは自分の生活に取り入れてみたいと思ったことを挙げてみると、

  • 朝の頭のほうが、夜の頭より優秀。
  • 朝食を抜けば、朝のうちにたくさん仕事ができる。
  • 食前はすべてを忘れて仕事に神経を集中させる。そのかわり食後はゆっくり休む。
  • 繰り返し繰り返し同じようなことをしていると、だいたい、どれくらいすれば醗酵が始まるか、めいめいの心づもりをすることができるようになる。(村上春樹も同じことを言っている)
  • 「一つでは多すぎる、一つだとすべてを奪ってしまう」(一つのことにこだわると、力んでしまってのびのびできない。それでうまく行かなくなるとあとがなくなる。ますます力む。)
  • T. S. Eliotの ”inpersonal theory”(個性を作品に注ぎ込んではいけない。)
  • 朝から晩まで同じことを考えるのはよくない。学校の時間割のように、時間ごとにやることを変えていくほうがよい.
  • 思いつめるのはよくない。行き詰まったら、しばらく風を入れる。必ずできる、いずれはきっとうまくいく。そういって自分に(そして他人に)暗示をかける。
  • 三上(馬上、枕上、厠上)が最高の発想の場所
  • 三多(多くの本を読む、多く文を作る、推敲を多くする)が文章上達の秘訣

いずれも、ネット、コンピューターと関係ない部分で実行できることばかりである。たとえば、「三上」の話で、乗り物は最高の発想場所というのを読んで思い当たった。今は、電車・バスの時間をほとんど読書に使っているが、たしかに効率のいい時間の使い方ではないとはかねがね思っていた。通勤電車は停車駅が多いし、不用・不快な内容の車内放送が多くて、本の内容に集中するのは難しい。それなら、外山が言うように、車中の時間は「発想」の場所として使ったほうが効果的かもしれない。

温故知新というように、新しいものだけを追いかけていればよいというものではない。人間の生活は変わるけど、人間自体は昔のままである。知的生産技術の向上には、この本のような基本に立ち返ることが意外と近道なのかもしれない。