Les Paul: Chasing Sound

レスポールといえば、ギブソンの有名なギターだが、この名前はレス・ポールLes Paulというギタリストから来ているということをアメリカにきてから知った。レス・ポールは現在90歳だがたいへん元気で、ニューヨークのクラブで今でも毎週月曜日ライブをやっている。よくもまあ指が動くものだと驚くよりほかない。

今週ぼくの住んでいる町で映画祭が行われていて、その中の一本に、Les Paul: Chasing Soundというドキュメンタリーがある。レス・ポールの音楽的偉業を追った作品だ。自分の名前を冠したギブソンのギターを開発したのは偉業のうちのほんの一つで、オーバーダビングやマルチトラック録音を初めて実行したのがポールだ。

ジャンル的には、ジャズ・ギタリストになるのだろうが、戦後のポップス界に君臨した。耳に馴染みやすいギターのメロディが印象的だ。ジャズっぽいものもあれば、ブルース・コードもあり、ヒルビリーっぽのもあり、トロピカルなサウンドもあって、それらをまとめればやはりポップ音楽というよりほかないようなサウンドビング・クロスビーナット・キング・コールとも共演したのだから、ポップス界のど真ん中にいた人だ。だから、テレビやラジオにも出たし、ライブもやったが、やはりこの人はレコーディングおたくであった。ハリウッドに自分のスタジオを作り、せっせと録音に励み、レコーディング・テクニックを磨き上げていった。オーバーダビングを始めて世に紹介したのが1950年のNew Soundというアルバムで、そのあとすぐにマルチトラック録音に取り組んだ。

映画では、彼の自宅兼スタジオの中を何度も映したが、手付かずの音源がゴロゴロ転がっているという感じで、彼が死んだあと権利関係とかをどうするのだろうか。引き取り手は、レコード契約をしているキャピトルか、スミソニアン博物館か、Rock and Roll Hall of Fame(博物館)しかないだろう。あとは彼の生まれたウィスコンシンの大学が何とか予算をつけるしかないだろう。

Mary Fordと知り合ったのは1945年頃で、50年代前半はポールとフォードのコンビでヒット曲を何曲も飛ばした。キャリアの絶頂期に交通事故で右腕を骨折して、ギタリスト人生が終わったかと思われたが、それくらいなんのその、入院中にもレコーディングを行ったという逸話が残っている。

そんなレス・ポールも1955年以降はヒット曲を出すことはできなかった。1955年といえば、そう、あれだ。でも、葬られたのではなく、レス・ポールは1955年以降の世代にも支持されている。ジェフ・ベックポール・マッカートニーらが映画の中でポールに賛辞を送っている。マイルス・デイヴィスもでてた。

レコーディング技術を極めたギタリストと聞くと、職人気質で、気難しそうな人間というのが相場だが、レス・ポールは例外だ。いつでもにこにこしながら、ジョークを飛ばしまくる陽気なおっさんで、スタジオにこもって録音しているときは一体どんな顔してるんだろうかと好奇心をくすぐられた。

ところで、この映画祭だが、大学の講義用の教室4つを使って映画を上映しているのだが、それぞれにヒッチコックフェリーニ、キャプラ、ベルイマンと巨匠たちの名前を付けている。そして、ほとんどの作品には、前座みたいな感じで短編映画がくっついている。Les Paul: Chasing Soundの前座は、ドイツ語の20分くらいの短編で、Elvis und Ichというタイトルで、内容はというと、痴呆症ぎみの母の誕生日に、エルビスの振りをした男がプレゼントとしてやって来て、歌を唄う。母はそれが本物のエルビスだと信じてしまう。それが気に入らない息子は、Seinfeldのジョージをむっつりさせたようなキャラクターで、なんとか自分のほうに関心を向けさせようとするが、エルビスにはかなわない。最後は、息子とエルビスがもみ合いになって、エルビスはがけから落ちてしんでしまう。エルビスは1958年から60年の間、徴兵を受けて陸軍の一員として西ドイツで過ごした。その期間中、歌手として活動したかどうかは知らないが、エルビスの人気は西ドイツでもすごかった。だから、70歳の母親はその時のエルビスを実際に知っている。それが突然、自分の誕生日に現れてびっくりしたわけだ。

Les Paul: Chasing Soundはすべてオリジナルの映像ではなく、ほかのあらゆるジャンルのドキュメンタリーと同じく、いろいろなアーカイブの映像を使って編集しているわけだが、監督から実際に聞いた話で面白かったのは、この映画で使われたレア映像の一つは、YouTubeで見つけたものだそうだ。フランスの誰かがそれをアップしていて連絡をとったとか言っていた。驚くようなことではないが、既存の映像アーカイブのあり方を問うている。YouYube全体ではごたまぜのびっくり箱だが、検索機能が使い勝手のいいものであれば、専門性の高い映像アーカイブになれる。文書のデジタル化はグーグルがどんどん進めているし、音源や映像も近い将来、ネットが主アーカイブになるのだろうな。そして、これが一番大切なところだが、アメリカのスミソニアンなどの公共機関やメディア関係の博物館、企業は、この流れに身を任せるだろうな。