ケミストリー

インテルCEOであるアンドリュー・グローブの伝記 (Richard S. Tedlow, Andy Grove: The Life and Times of an American) の最初のほうに、グローブは1963年にchemistry engineering(化学工学)でPh.D.を取得したが、化学関係の会社には就職せず、セミコンダクターを製造していたゴードン・ムーアFairchild Semiconductorに入社したというくだりの記述がある。この伝記のなかでグローブの指導教授が語っているように、化学工学で学位を取ったら化学か石油産業に就職するのが普通で、分野ちがいのセミコンダクターを選ぶという選択は尋常ではなかった。

これで思い出したのは、1968年の映画The Graduate「卒業」の一シーンである。この映画は青春恋愛映画の大傑作ということで評価が固まっているが、実はそうではない。笑うに笑えないオフビート映画だとおもって見るほうがずっと楽しい。そういう可笑しいシーンの一つに、化学と関係したものがある。そのシーンは映画が始まって15分以内に出てくると記憶しているが、大学を卒業したばかりの主人公ダスティン・ホフマン(ベンジャミン役)が夏休みを利用して実家へ帰ってきて、父親が主催した卒業記念パーティを自宅で開くという場面がある。父親の会社関係者がぞくぞく詰めかけ、ホフマンに祝辞を述べるのだが、そのうちの一人がホフマンに、どの会社に就職するのかと単刀直入に問いかける。ホフマンは大企業に就職することにためらいを感じていたので、その質問にたじろいでいるところ、その人は満面の笑顔で一言「けみすとりーー」と言う。

グローブが大学院で勉強した1960年代前半は、「科学的なもの」の社会的地位が台頭してきた時期だった。1950年代までの知識人といえば、文学を教えている教授のことであるというイメージが強かった。かれらはテクノロジーについてはおしなべて懐疑的だったので、C. P. Snowなどは"the two cultures" と言って、これまで幅を利かせてきた文学系知識人と、新興勢力の科学的知識人とは互いに相いれないと主張した。サイエンス・フィクションの旗手と持ち上げられたカート・ヴォネガットは、実は科学系の専攻ではなく、その対極にあるといってもよい文化人類学の専攻だった。グローブは就職先として、化学関係や防衛関係も一応検討したが、興味をそそられなかったという。おそらく、すでに産業として成熟していた点が、彼の野心をかき立てなかったのだろう。

The Graduateのベンジャミンが学部で何を専攻したのかは覚えてないが(あるいは示されていないか)、父の知り合いが自信満々に、化学産業に進むようにと助言するシーンは、冷戦時代の枠組みにどっぷりつかった父親世代と、社会の変化を嗅ぎ取っていたベンジャミンの世代の溝を見事に表現しているといってよいだろう。アンディ・グローブの伝記は読み始めたばかりなので、今はまだハンガリー時代のグローブ(そう、グローブはハンガリーからの移民)の章を読んでいる。グローブがアメリカにやってきて、大学の専攻を決めるとき、就職先を決めるときの記述を読むのが今から楽しみである。