繁栄から置いてきぼりを喰らった虚勢集団ヘルズ・エンジェルズ

アウトローではなく、ルーザー。ヘルズ・エンジェルズを一言で言い表すとしたらそういうこと。ヘルズ・エンジェルズは「負け犬の文化」みたいなものを共有した集団だった。彼らは社会に反抗しているのではない。自分の無力さがよくわかっているから、仲間とオートバイでつるみ、暴力や犯罪で時間をつぶす以外にすべがなかった。合理性と知識を前提にした高度資本主義体制に突入したアメリカにおいて、ヘルズ・エンジェルズは徹底的に非生産的で社会不適合の集団だった。

ハンター・トンプソンが1966年に発表したノン・フィクション「ヘルズ・エンジェルズ」は何度読んでも飽きない。ヘルズ・エンジェルズとはアメリカの暴走族みたいな集団で、ハーレー・デイヴィドソンを乗り回し、酒と女には目がない。犯罪行為だっていろいろやらかす。彼らが俄然世間の注目を集めたのは、1960年代半ばにケン・キージーほかのカウンターカルチャー系の人物や集団と交流をもつようになってからである。筆者のトンプソンがヘルズ・エンジェルズのメンバーと親交を深めたのもこの時期。トンプソンは1年ぐらいでエンジェルズとは縁を切るのだが、その時の個人的な経験と各種資料を基にして書いたのがこの「ヘルズ・エンジェルズ」だ。

筆者のトンプソンはヘルズ・エンジェルズに対してほとんど親近感を見せない。最初は好意的に考えていた節もあるが、実態を知るにしたがってトンプソンはヘルズ・エンジェルズを冷めた目でみるようになる。カウンターカルチャーとの絡みで注目を集めたヘルズ・エンジェルズだったが、実際のエンジェルズはカウンターカルチャーのヒッピーたちとは正反対だった。ヒッピーたちは自分やアメリカの未来に希望を持っていたが、ヘルズ・エンジェルズはそういう前向きさはなかった。彼らはオートバイに乗れて、酒と女が手に入ればそれで満足だった。いや、それ以上の欲望を持ち得なかったと言う方が正確か。だから、近所のスーパーまで食料を買いに行くのにも、わざわざハーレー・デイヴィッドソンで出かける大げさぶりだったという。彼らはしばしばロック・コンサートの護衛を担当したが、ロックに興味があったわけではなかった。報酬としてビールが飲み放題だから引き受けたまでだった。1969年のアルタモントの悲劇のことを知っている人も多いだろう。ローリング・ストーンズのコンサートで、ステージ前で護衛をしていたヘルズ・エンジェルズのメンバーが観客の一人をナイフで刺し殺してしまった事件だ。このときもビール飲み放題でストーンズの護衛を引き受けたとされている。

1960年代のアメリカでヘルズ・エンジェルズが、いかに浮いた存在であったかを理解することは重要だ。それを知れるのが「ヘルズ・エンジェルズ」を読む醍醐味であると、私は思う。この時代は、中流階級の子息がこぞって大学に進学し、その一部はヒッピーと呼ばれたりしていたわけだが、そのヒッピーたちは自分たちの力で世の中を変えられると本気で思っていた。その本気度はとくにヘルズ・エンジェルズが活動していたサンフランシスコ界隈のヒッピーたちに高かった。数え上げればきりがないほどの学生運動がこの地域で起こった。大学当局に対するデモや反戦デモなどである。一方で彼らの私生活は、ドラッグやって、ロック聞いて、その勢いでセックスして、みたいな感じで、心を解放すれば、戦争がなくなって、みんな仲良くなって、管理社会とか官僚主義とかもなくなって、世の中よくなると信じていた。いまとなっては、信じられないくらいのお気楽ぶりなのだが、この時代の文献を読めば読むほど、根拠に欠けた希望が充満していた時代だったのだと思わざるをえない。そういう雰囲気のなかで、希望を語らず、やたらと戦闘的で、不法行為を悪びれもなくやるヘルズ・エンジェルズは、時代にかみ合っていなかった。

トンプソンは、ヘルズ・エンジェルズの時代錯誤的な面をしつこいくらいに書いている。それは同時に、繁栄を極めるアメリカで取り残された層が存在するということを読者に伝えることでもあった。当時、「貧困の発見」というのが知識人の間で流行言葉のようになっていた。マイケル・ハリントンのベストセラー「The Other America」は、アメリカには依然貧困がはびこっていると指摘した(The Other Americaは大学の書籍部でよく売れた)。ジョンソン大統領が「貧困との戦い」を政治課題に設定したのは、このような時代背景があった。ハリントンが発見した貧困は、たとえばアパラチア地方の白人労働者みたいなイメージだったが、トンプソンが発見した貧困とはずばりヘルズ・エンジェルズだった。

まとめると、「ヘルズ・エンジェルズ」はアメリカ1960年代の負の面を捉えた傑作。当時のアメリカの社会状況に興味があればマイケル・ハリントンの「The Other America」も是非ご一読を(でも、翻訳がないみたい)。

補足:アマゾンで調べて二種類の翻訳があることを知った。商品説明を見ると、悪漢物語みたいな紹介をされているが、彼らの悪漢ぶりの背後にあるものを掴んでほしいと願う。そして、読者レビューを見ると、文体がどーのこーのと感激したような感想がある。翻訳者がどのような日本語を使っているかは不明だが(私はキンドルでDLして原文を読んだ)、トンプソンの英語はいたって普通。小説風の状況描写をしているけど、また第一人称で語りはしているものの、実験的な文体ではけっしてない、簡潔を第一としてジャーナリズムの基本に忠実な文章。