「秋刀魚の味」

明日からワールドカップ準決勝だ。応援していたメキシコはいつの間にか消え去ったので、今の気分としては、ドイツに優勝してもらいたいという気持ちが半分と、フランスのジダンを一試合でも多く見たいという気持ちが半分だ。もっとも、三位決定戦をやるので、どのチームもあと二試合ある。となれば、ドイツかな。このごろいろいろな方面からドイツに対して関心を寄せているのも応援する理由の一つだ。試合そのものはもちろん面白いが、各国の監督をみるのも面白い。アクションが一番大げさで面白いのはポルトガルの監督、ドイツは若い学者みたいな感じの監督、フランスはファッション・デザイナーみたいな人が監督をやっている。イタリアはどんな人だったっけ? 

先日見たヴェンダースの「ベルリン天使の唄」の最後のテロップに、献辞としてタルコフスキーアントニーニ、小津の名前があったので、小津作品をまとめて見ようと思っている。記憶を辿っても、小津安二郎の作品を見たんだか見たことはないんだか分からない。「東京物語」くらいは知っているけど、それだって実際見たような気もするし、評論などで何度も目にしているから見たような既視感があるのも確かだ。今日見たのは1961年の遺作「秋刀魚の味」(英語タイトルは "An Autumn Afternoon.")。 秋刀魚の話も、秋刀魚を食べるシーンも出てこないけど、あらすじを一文で表すとすれば、24の娘を嫁にやる父の気持ちということになるだろうか。妻に先立たれた男、平山さんが、娘と息子の三人で暮らしている。家事のことは全部娘にやらせている。ある日、中学の恩師の家を訊ね、結婚をせず父と暮らしている中年になった娘を見て、平山さんは自分の娘の将来と重ね合わせる。それで、娘を見合いさせて、無事結婚式というところで映画は終わる。

時代は高度成長期、所は横浜。冷蔵庫を買うことを決めた若い夫婦がその金を父親から融通してもらう話、中古のゴルフクラブを買おうか買わまいか決めかねるサラリーマン、団地づきあいでトマトを貸してもらう話とか、野球のナイター(この映画では大洋・阪神の試合が流れる。大洋の4番は桑田、阪神のピッチャーはバッキー)に盛り上がる平山さんとその仲間。ぼくの世代よりは古いけど、それでも何となくどこかで聞いたことのあるような日本の一時代の社会風俗だ。

2時間弱のこの作品の通底にあるのは、日常の暮らしのなかの義理人情としがらみ、そういうものを受け入れる登場人物たちのペーソスだ。特にどうということのない出来事があれこれ起きるけど、登場人物たちは周りが驚くような行動を取らないし、特別すごいセリフを吐くわけでもない。悪くいえば、個性に欠けた人物が織りなす予定調和の物語だ。特に、平山さんの娘が嫁ぐ話はそうだ。

面白いのは、「秋刀魚の味」では、見合いのシーンも、相手の男性もでてこないことだ。結婚式のシーンもない、式場に向かう前の家でのシーンのあとは、平山が友人の家に立ち寄り、そのあと一人でバーで酒を飲んで、家に帰り着くシーンで映画は終わる。

映像的には、建物の撮り方に特徴がある。ウォーカー・エヴァンスの写真を思い起こさせるような、戦後復興の象徴になるようなビルや団地をきれいな構図で撮っている。カメラを動かさず、2、3秒制止させて撮っている。役者の正面にカメラを置いて撮るというのは有名な話だが、演技する立場とすれば、一番ごまかしの効かない撮られ方だと思う。

これ一本では、どう解釈していいか分からない。ストーリーだけを考えると、偉大なる伝統主義者にも思えるし、逆に家族制度にとても批判的だと見ることもできる。家族幻想の持ち主かも分からない。他の作品を見ることによって相互連関させて初めて何かが見えてくると思う。


初出エキサイト 7/3/2006 M http://takebay1.exblog.jp/3872480/